目が覚めたら、そこは病室だった。 私は一人眉をひそめる。 なんだ、このあまりに現実的な風景は。 天国か地獄かは知らないが、 せめてもう少し情緒を味わわせてほしい。 なんて場違いなことを考えていたら、 傍らに寄り添っていた塞が、 目を見開いて大声を上げた。 「み、みんな!シロが!!  シロが目を覚ました!!」 塞のはしたない大声を受けて、他の皆も顔を上げる。 驚いたことに、トヨネを除く宮守の全員が 私のベッドの周りに勢ぞろいしていた。 あ、これは天国だ。私だけなら微妙なところだけど、 他の皆もいるなら間違いない。 「でも、なんでみんなまで死んだの?」 「馬鹿!死んでないって!  トヨネもさっき目を覚ましたし!!」 目に涙を浮かべた塞が間髪入れずに反論した。 でも、死んでないとしたら… この状況の説明がつかない。 一人腑に落ちないで首をかしげていると、 そんな様子を感じ取ったのか、 塞が滔々(とうとう)と語り始める。 「モノクルが、割れたんだ…」 「それで、なんだか急に胸騒ぎがして、  熊倉先生に連絡した」 「そしたら、熊倉先生が血相を変えて  車の準備をし出したから、みんなでそれに乗り込んだ」 「どこに行けばいいのかわからなかったんだけど、  なんでか胡桃がぼーっとしてて  『あっち!』『こっち!!』とか指さして」 「胡桃が導く通りに走ってたら、  車で行ける道がなくなって」 「で、なんとなく彷徨ってたら…  二人が雪の上に倒れてたんだよ」 意味不明だ。ありえない。 だって、私達は散々雪道を突き進んで。 あげく、崖から飛び降りたはずなのに。 そんな、あっさり見つけられるはずが… 「『友引』」 「あんたなら、それだけ言えばわかるだろう?」 そういって、熊倉先生が悪戯っぽい笑みを浮かべる。 そんな馬鹿な。トヨネの能力が発動して、 塞達を私達のもとに引き寄せたとでも? 「でも、そもそも私達は…  致命的な怪我を負っていたはず」 そう、生き残ることを諦めるほどの大怪我を。 「あっち見て!」 胡桃が指さした先は、積み上げられたスケッチブック。 「エイちゃん、ずっとずっと描いてたんだよ!  二人が元気になる絵をずっと!」 「ガンバッタ!!」 胸を張るエイスリン。いやいや、 絵に描いたからって人の傷が治るとでも? 「宮守高校麻雀部が引き起こした奇跡だねぇ」 得心がいったとばかりにうんうんとうなずく熊倉先生。 いや、勝手に完結するのは待ってほしい。 今の話をまとめるとこうなる。 塞が私達の危機を察知して。 胡桃が近くまでみんなを導いて。 そしたらトヨネがみんなを引き寄せて。 私達を助け出した後、 エイスリンが絵を描いて私達を回復させた。 「ありえない…!」 ありえない、そんなことありえない。 まだ私達は死に至る最中で、私の脳が 幸せな妄想を見せていると考える方が現実的だ。 そう、あの時と同じように。 やっぱりこれは夢なんだ。 だって、あるはずがない。 こんな、あまりにも冗談みたいな幸運… 『…マヨヒガから、何も持ってこなかったから、  幸せが来てくれたんじゃないかなー…』 疑心暗鬼にとらわれた私の耳に、 愛する人の穏やかな声。 目を向けると、そこにはトヨネが 満面の笑みを浮かべて立っていた。 「トヨネ…?」 「シロ…大丈夫だよ…?これは夢なんかじゃない。  全部、現実だから…」 「私達…助かったんだよー…」 「…ほんと…にっ!?」 私は思わず身を乗り出して、不意に痛みにはばまれる。 股の付け根に鋭い痛み。 これは…! 「『あれ』もきっと、現実だったんだよー。  私もまだ、痛みが残ってるもん」 そう言って、トヨネが恥ずかしそうに顔をふせる。 「でも、そうだとしたら私は  トヨネの初めてをマヨヒガからもらったわけで、  すでにマヨヒガから一つ持ってきてるわけで」 「ちょ、ちょっとシロ!?  み、みみ、みんないるんだよー!?」 「そ、それに…それは、私ので…  マヨヒガがくれたものじゃないでしょー…?」 消え入るような声でそうつぶやくと、 トヨネは今度こそ真っ赤になって顔を隠した。 その様子を見てようやく、 私は今のこの状況を現実として受け止めることができた。 −私達は、生きている− −大好きな人に囲まれて生きている− 「……っ」 神様も粋なことをするものだ。 来世と言わず、現世のうちに叶えてくれるとは。 「わわっ、シロが泣いてる!珍しい!!」 「いやー、さすがにこんな体験すれば、  いくらシロでも泣いちゃうかー」 「でもシロ、逃げてる時も全然泣かなかったよー?  私なんてもう最初から泣きじゃくってたのにー」 「そりゃ、守りたい人の前で  涙なんか見せられないでしょーよ」 「ねー、シロさん?」 にやにやとからかうような目を私に向ける塞。 言いたい放題好き勝手言ってくれる。 でも、訂正するのも面倒だ。 何より、それらはすべて当たっている。 だから私は、端的に一言だけ返すことにしよう。 どんな会話にも使える魔法の一言を。 「…ダルい」 ようやく、私のなかに日常が戻ってきた。 (完) -------------------------------------------------------- <作品設定メモ> 今回の作品は遠野の伝承や設定を色濃く引き継いでいます。 それらを知らないと単なる超展開にしか見えないので、 例外として簡単な設定メモを記します。 ああ、そういうことだったんだ、 と納得していただけたら幸い。 ※咲原作の能力考察ではありません。  あくまで本作品の設定です。 <小瀬川白望> マヨヒガの力をもつ少女。 マヨヒガの舞台である白望山と名前が一致しており、 その言霊からマヨヒガに辿りつく能力を持っている。 本作品では崖から飛び降りた時に、 死ぬはずだったのに生き延びてしまった。 このまま死ぬべきかあがくべきかで『迷った』時に マヨヒガ(迷い家)への扉が開かれた。 彼女達が訪れたマヨヒガは、 彼女たちの願いを反映して旅館の形をとっており、 温泉を始めとして、彼女達が望むものが振る舞われた。 ゆえに二人の『夜の行為』も夢ではなく、 マヨヒガ内で現実にあったことである。 彼女達は死の運命にとらわれていたが、 マヨヒガから去る際に何も持って行かなかったため、 『命が助かる』という幸運が舞い降りた。 ※マヨヒガは旅人が迷った末に辿りつく謎の家であり、  旅人はそこから何か一つ持ち出すことができる。  ただし、何も持ち出さずに去ると  幸運が舞い降りるというエピソードがある。  無論、宮守女子の部員はこの伝承を知っている。 <姉帯豊音> 山女の血を引く少女。 占いの力に長けた山女の血を色濃く受け継いでおり、 占いの一種である六曜にちなんだ力を扱うことができる。 だが、彼女の力は悪しきものであり、 危うさもはらんでいる。 村では神の子として崇め奉られているが、 同時に化け物扱いもされており、 そのせいか神のわりに家畜にされそうになる。 作中で彼女が見せた力は『友引』。 胡桃達が近くまで来たのを無意識に察知して、 また無意識のうちに力を発動させた。 だが、これは非常に危険な行為だった。 『友引』は弔事の際は友を死に引っ張るということで 避けられるものである。 今作品でも、彼女の力は宮守女子を死に引き寄せようとした。 <臼沢塞> 塞の神の末裔。道祖神としての役割と、 悪しきものを払い除ける力がある。 モノクルによって凶事を感じ取ったのは 彼女の導きの力によるものである。 また作中では語られていないが、 崖に身を投げた後も、村人は二人が どうなったかを確認するために捜索を続けていた。 二人が彼らに見つからなかったのは、 ひとえに塞が村人を『塞いだ』からである。 また、豊音の『友引』により 死の運命に引き寄せられそうになっていた 一同を救ったのも彼女の力によるものである。 彼女がいなければ、宮守女子は 全員雪山で遭難して死亡するという 結末を迎えていた。 <鹿倉胡桃> カクラサマの力を持つ少女。 カクラサマは男女の旅人が村人に理不尽に殺され、 その後祟りをおそれて神として祭られた存在。 道祖神としての役割と、旅人を助ける力がある。 ※カクラサマについては諸説あり。  上記はあくまで本作品の設定。 この力により、宮守一行は 遠方からでも正確に白望と豊音に近づくことができた。 彼女の力だけでも二人のところまで 辿りつくことができたかもしれないが 実際には豊音の『友引』が発動し、 死の運命に手繰り寄せられることになる。 <エイスリン・ウィッシュアート> 夢を描くことで現実に変えることができる少女。 崖から飛び降り、ほおっておけば 死に至るほどの重症をおった二人を癒したのは 彼女の力によるものである。 ただし、いつでもそんな芸当ができるわけではない。 今回の現象は大切な人が死に直面するという、 極限まで追い詰められた状態で ただひたすら二人の無事を願い 同じ夢を描き続けた結果であり、 おそらく同じことをもう一度やることはできない。 <熊倉トシ> 豊音を村から連れ出した張本人。 豊音の村を訪れた際に、豊音の才能だけでなく 周囲を取り巻く環境の異常さにも気づく。 このため、麻雀を口実に 豊音を村から引き離そうとした。 今回の件で、塞の連絡を受けて 即座に村に向かおうとしたのは、 村が抱える闇を正確に感じ取っていたため。